そもそもは、活字を使うのを「活版印刷」、樹脂凸版や金属凸版などを用いるのを「凸版印刷」とに区別すべきか否かという話であった。
で、このように区別して呼べばよいのかどうか、否、そもそも2つの語の違いは如何なるものか、そして各々の語の定義は如何なるものか、その結果別の語で呼ぶ方が良いのかどうか(「凸版印刷」は社名として浸透しているし)、以下に調べた結果を書いてみる。
活版印刷
文字の印刷を主とする凸版式印刷の一種。本来は活字を組んで組版を整え、これを印刷する技術であったが、鉛版・電鋳版・樹脂凸版など各種の複製版が発明されてからは、これらの諸版による印刷をもすべて含むようになった。活版印刷は最も利用範囲の広い文字の印刷を主にとし、長い間書籍・新聞・雑誌などが活版印刷によって生産されてきた。
(社団法人日本印刷学会編. 第五版 印刷事典. 印刷朝陽会, 2002, 672p.【p.116】)
以上より、「活版印刷」には2つの意味があることが分かる。
うむ、「狭義の活版印刷」はよくわかるが、ややこしいのは「広義の活版印刷」。どう読んでも「凸版印刷」とほぼ同義に思える。ということで、次に凸版印刷をば。
- 活字組版での印刷。凸版印刷の下位区分。(本来的な意味での活版印刷。以下、「活版印刷〈狭義の〉」と呼ぶ。)
- 活字組版だけでなく、鉛版・電鋳版・樹脂凸版・写真凸版なども含む版による印刷。凸版印刷とほぼ同義。(意味の拡張された活版印刷。以下、「活版印刷〈広義の〉」と呼ぶ。)
凸版印刷
画像部が非画像部より突起している印刷版を用い、画像部に印刷インキを着け、被印刷物に転移させる印刷方式。凸版印刷用の版には、活字組版・鉛版・線画凸版・網凸版・原色版・電鋳版・ゴム版・プラスチック版・感光性樹脂版などがある。やはり「活版印刷〈広義の〉」にほぼ同義である。
(社団法人日本印刷学会編. 第五版 印刷事典. 印刷朝陽会, 2002, 672p.【p.369】)
転義
実は「活版印刷」に関しては、もう1つ意味が発生してきている。というのも、最近の傾向として使用する版の形式の視点ではなく、もとの意味から転じた視点、つまりは活版印刷機を使った印刷を「活版印刷」と呼ぶという、印刷機の形式からの視点である。
以上を踏まえると、「活版印刷」には3つの意味があることが分かる。
- 活字組版での印刷。凸版印刷の下位区分。(本来的な意味での活版印刷。以下、「活版印刷〈狭義の〉」と呼ぶ。)
- 活字組版だけでなく、鉛版・電鋳版・樹脂凸版・写真凸版なども含む版による印刷。凸版印刷とほぼ同義。(意味の拡張された活版印刷。以下、「活版印刷〈広義の〉」と呼ぶ。)
- 活版印刷機を使った印刷(意味の転じた活版印刷。以下、「活版印刷〈転義の〉」と呼ぶ。)
結論
以上、参照の少なさが些か気になるが、結論は以下のように2つになる。1.版の形式による分類
凸版印刷(凸版①)≒活版印刷〈広義の〉
┃
┗━活版印刷〈狭義の〉
ゆえに、いわゆる樹脂凸版や金属凸版など、狭義の活版印刷以外の版を用いた印刷を「活版印刷〈広義の〉」または「凸版印刷」と呼んでも差し支えない。
しかし、職人さんはこだわる方が多いのもまた事実である。
もしかしたら、活字も鉛版も樹脂版も金属版も何でも扱えるような印刷会社では、活版印刷機に掛けられる版での印刷は十把一絡げに「活版印刷〈広義の〉」とし、活字メインでやられてる処では「活版印刷〈狭義の〉」のままであったのかもしれないな、とも思う。
では、「樹脂凸版」や「金属凸版」はどのような区分に収まるのか。その区分定義は以下のようになる。
凸版印刷(凸版①)≒活版印刷〈広義の〉
┃
┣━活版印刷〈狭義の〉…主に活字で組版した版を用いた印刷
┣━金属凸版
┗━感光性樹脂版(樹脂凸版)
上記の通り、「活版印刷〈狭義の〉」と同列に並ぶ(注)。
注:本当は「金属凸版」、「感光性樹脂版」ともに「写真凸版」の下位区分であるが、説明の便宜上上記のように扱う。詳細は下記「補足」を参照のこと。
2.印刷機の形式による分類
つまりは、版の形式に拘らず、活版印刷機を使った印刷を「活版印刷〈転義の〉」と呼んでも差し支えないのではないか、ということである。3.まとめ
というわけで、現在では「活版印刷」の語義には3つ併存していることが分かった。基本的にはそのままで良いと思われるが、厳密に区分するならば、「活字組版」での印刷と「樹脂凸版」「金属凸版」での印刷の呼称を分けた方が良いように思われる。「活字組版」での印刷は従来通り「活版印刷〈狭義の〉」、「樹脂凸版」や「金属凸版」を用いた活版印刷機での印刷は、「金属凸版印刷(金属版印刷)」や「樹脂凸版印刷(樹脂版印刷)」など、使用した版名で呼ぶのが良い、のかと思う。如何だろうか?ただ、1つだけ注意したいがある。それは、活字を使ってますと云いながら実際は「樹脂凸版」や「金属凸版」などで印刷するという行為。このコトについては、なに活さんのブログ『活版印刷?凸版印刷?レタープレス?|なにわ活版研究所(なに活)Letterpress studio Osaka JAPAN』にて書かれているので、そちらも併せてお読みあれ。
補足
以上について調べるついでに、「凸版印刷」の種類を見つけた分だけ以下にあげておく。知らないモノが多く区分がおかしいかも知れないが、そこはどうかご寛恕を。凸版印刷(凸版①)≒活版印刷〈広義の〉
┃
┣━活版印刷〈狭義の〉
┃ ┣━膠泥活字[1041年]
┃ ┣━木活字[1300年代前半]
┃ ┣━銅活字[1400年前後]
┃ ┣━鉛活字[1445年頃]
┃ ┣━真鍮活字[1519年]
┃ ┣━鉄活字[1808年]
┃ ┣━錫活字[1860年頃]
┃ ┣━ガラス活字[1926年]
┃ ┣━陶活字[1943年]
┃ ┣━合成樹脂活字[1960年]
┃ ┗━硬質活字(亜鉛合金)
┃
┣━写真凸版
┃ ┣━線画凸版(凸版②)
┃ ┃ ┣━金属凸版
┃ ┃ ┃ ┣━亜鉛凸版(亜凸)
┃ ┃ ┃ ┣━銅凸版
┃ ┃ ┃ ┗━マグネシウム版
┃ ┃ ┃
┃ ┃ ┗━感光性樹脂版(樹脂凸版)
┃ ┃
┃ ┣網凸版(写真版・網目凸版)
┃ ┃ ┣━金属凸版
┃ ┃ ┃ ┣━亜鉛網版(写真亜鉛版)
┃ ┃ ┃ ┣━銅凸版(写真銅版)
┃ ┃ ┃ ┣━マグネシウム版
┃ ┃ ┃ ┗━アルミ凸版
┃ ┃ ┃
┃ ┃ ┗━プラスチック版
┃ ┃
┃ ┗━原色版
┃
┣━鉛版
┃
┣━ゴム版
┃ ┣━手彫り版
┃ ┗━鋳造版
┃
┣━電鋳版(電気版・電胎版)
┃
┣━木版(整版)
┃
┣━PS凸版
┃
┗━(電子彫刻凸版)
(社団法人日本印刷学会編. 第五版 印刷事典. 印刷朝陽会, 2002, 672p.)
他に、版の素材別の分類方法も考えられるが、知識不足ゆえまた後ほどということで。